東京高等裁判所 昭和62年(行コ)73号 判決 1992年3月16日
控訴人
鈴木緑
被控訴人
中央労働基準監督署長小屋敷光
右指定代理人
渡辺光弥
同
伊能利男
同
岡田輝夫
同
嬉野久子
同
飛沢明夫
同
佐藤武尚
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が控訴人に対して昭和五八年五月三一日付けでした労働者災害補償保険法による休業補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 控訴の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
当事者の主張は、原判決二枚目表一一行目の「株式会社」を削除するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
第三証拠
証拠関係は、原審記録中の証拠に関する目録記載のとおりであるから、これを引用する(略)。
理由
一 当裁判所の判断も、原判決四枚目裏一一行目(本誌五〇二号<以下同じ>98頁4段8行目)から同五枚目表一一行目の「から」(98頁4段23行目)までを次のとおり改めるほかは、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。
「1 稼働状況
(証拠略)の事実及び弁論の全趣旨によると、控訴人は昭和五四年七月一六日訴外株式会社キャリアに就職しその後退職をした同五六年五月一五日までの約一年一一か月の間本件ハガキの配付作業に従事していたものであるが、同作業は右訴外会社の指定する街頭(多くが駅前付近)において、求職のための登録を勧誘する郵便葉書大の登録申込用紙を一般通行人に配付することを内容としていたものであること、稼働日は日曜及び休日以外の平日に限られ一か月の平均稼働日数はほぼ二五日間であって、一日の配付作業時間については拘束がなく、午前九時から午後五時までの間で控訴人が自由な判断によって右登録申込用紙を配付すればよいものとされていたこと、控訴人は右訴外株式会社に就職以来、通常一日当たり一〇〇〇枚程度の登録申込用紙を約一時間三〇分ないし約三時間をかけて通行人に配付したうえ付近路上に捨てられた右登録申込用紙を拾い集めるなど簡単な路上清掃をして一日の作業を完了していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
2 既往症及び本件発症
(証拠略)によると、控訴人は昭和四八年一月頃雪上で転倒して右手橈骨を骨折したことがあり、同骨折箇所が変形性治癒となっていたため、右手関節面が背側に約一〇度上向きの状態となり中程度の不適合が生じていること、このため、通常加齢とともに発症する退行変形が右骨折部分において右手と比較してかなり進行している状態にあること、関節面不適合については個人差があるものの年月の経過により関節部に痛みが生じ、特に背側に制限される関節面不適合があると徐々に痛みが強くなること、なお、控訴人が手関節の痛みを自覚するようになったのは本件ハガキの配付作業に従事をするようになってからおよそ四か月を経過した昭和五五年一一月中旬頃であって、控訴人は当時六〇歳(大正八年八月二〇日生)に達していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
3 本件発症に関する医学的所見
(証拠略)によると、控訴人の右手関節炎の発症に関する医学的所見は次のとおりであることが認められ、この認定に反する証拠はない。
(一) 控訴人の治療にあたった日通病院の柿崎信一医師は昭和五六年八月一日付意見書をもって「控訴人の発病は同五五年一一月一八日(初診日は同五六年五月三〇日)、疾病部位及び傷病名は右手関節炎、病訴は右手関節部の痛み、他覚的所見として右手関節部軽度の腫脹を認め、背屈・掌屈時疼痛が増強する、X―Pにて橈骨遠位端の変形治癒(昭和四八年一月骨折)を認める、治療経過は副子固定・鎮痛消炎剤投与にて軽快、手関節装具作製し就労させる、他覚的所見と病訴との相関として手関節の変形治癒のため関節面の不適合があり、このため手関節を過度に使用すると病痛が起こると考えられる。」としたうえ「発病原因についての医学的意見としては、橈骨の変形治癒による関節面不適合のため手関節を過度に使用(ビラ配り)したため関節炎を発症したものと考えられる。」としていたが、その後証人として右意見書に関する補則(ママ)説明をした際には、右手関節炎の原因として一番大きいのは変形治癒による関節面の不適合であり、次いで退行変性、その他は仕事や日常生活における手の使用であるとし、手関節炎の要因割合については関節面の不適合が七〇パーセント、退行変性が二〇パーセント、仕事や日常生活における手の使用が一〇パーセントで、ビラ配付についてはあまり影響がない旨述べている。
(二) また、東京労働基準局医員である東京厚生年金病院整形外科部長である森健則医師は、控訴人の病状に関する意見書の中における結論として「X―Pでたしかに関節面の異常は認められるが、この程度の変化では疼痛を生ずるには可成りの重量物のとり扱いか、短時間に頻回に繰り返される手関節運動を長時間行わないと発症する可能性はすくない。相当する業務内容の作業量がすくなければ業務起因性の可能性はすくない。」としている。
(三) さらに、東京労働者災害補償保険審査官から鑑定依頼を受けた関東労災病院の高橋定雄医師は鑑定書において「作業密度、作業内容によっては右手関節を(ママ)発生することもあり得る。作業密度、内容によって業務上外の判断をすることが妥当である。」との見解を示している。
4 まとめ
右認定した控訴人の作業内容及び稼働状況に照らすと、配付作業の対象である本件ハガキはさほどの重量もなく、大きさも嵩ばらないものであるうえ、作業時間も短時間に限定されるような集中的な労働というものではなく比較的自由な時間帯を設けることができる状態にあって全体として軽作業であるとみることができるところ、控訴人には右手橈骨骨折箇所の変形性治癒による中程度の不適合が存在し、同不適合及び加齢的要因による退行変形が顕著であって、控訴人の右手関節炎の主要な要因に関する医学的所見としては「作業密度、内容によって業務上外の判断をすることが妥当である。」とか「業務内容の作業量がすくなければ業務起因性の可能性はすくない。」とするほか、「橈骨の変形治癒による関節面不適合のため手関節を過度に使用(ビラ配り)したため関節炎を発症したものと考えられる。」という所見を示した日通病院の柿崎信一医師も証人として右所見に関する説明をした際には、「関節面の不適合が七〇パーセント、退行変性が二〇パーセント、仕事や日常生活における手の使用が一〇パーセントで、ビラ配付についてはあまり影響がない。」と証言をしており、本件ハガキの配付作業と右手関節炎との関係を肯定する医学的所見が見られないのであって、本件ハガキの配付作業が控訴人の右手関節炎の発症原因とは認め難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
したがって」
二 よって、控訴人の被控訴人に対する請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 川上正俊 裁判官 井上稔 裁判官石井健吾は転任のため、署名・押印することができない。裁判長裁判官 川上正俊)